| 川崎造船所が昭和9年に建造した,大型高速油槽船東亞丸から昭和15年の神國丸までの12隻は,その諸元において同型,同性能の優秀船で,太平洋戦争の緒戦では海軍の補給部隊に所属して艦艇の給油作業に従事した. |
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戦後に引揚げ修復されて,かりほるにあ丸 と改名 |
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| 建川丸は川崎汽船が初めて建造した大型高速油槽船で,他社発注船を含めて合計9隻の同型船が建造された昭和初期のわが国の代表的な油槽船であった.船体は逓信省船舶試験所の研究による推進効率のよい形状を採用,船体重量を軽減するために広範囲に電気溶接を行い,甲板諸機械は全て最新の電動式であった.単軸で9,000馬力のディーゼル主機により最大速力は20ノットに達した.異種貨物油区画,一般貨物艙の他,特殊区画とシルクルーム(生糸艙)を有した.建川丸は就航後,海軍需要油や生糸輸送も行った. |
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| 淺野物産では昭和11年7月に油槽船建造を検討した結果,国際情勢の激変による打撃を懸念し見送る方向となったが,川崎造船所艦船工場所長吉岡保貞が建川丸,日本丸の実績から同型船建造による船価,建造時期の利点を付言したので一転して建造を決定した経緯がある.玄洋丸と嚴島丸,日榮丸,國洋丸及び神國丸は優秀船舶建造助成施設(第2種船)の助成金の適用を受けて建造された. |
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日本丸のサロン(左)と客室(右) |
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| 日東鑛業汽船設立時の発起人のひとり森田福市が契約した油槽船2隻の権利を同社が取得して建造した.日榮丸と東榮丸は竣工後に海軍の需要油の積取のため北米西岸方面へ就航した.東榮丸は日榮丸の進水後に同一船台(第7船台)で起工された. |
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| 三井物産造船部が昭和初期に建造した油槽船のうち大型船は音羽山丸型2隻のみで他は内航油槽船であった. |
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| 音羽山丸は三井物産船舶部初の油槽船であり,第2船御室山丸は第2次船舶改善助成施設の適用を受けて建造された.船体は2列縦隔壁イッシャーウッド方式を採用,ロイド船級協会の協力を得るなど当時,造船部は本クラスの建造に最も苦心したという.主として北米太平洋岸/内地間の原油輸送に就航. |
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