中国航路 - 昭和初期
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昭和14年(1939)8月には,日華事変の進展に伴い逓信省の主導により東亞海運(株)が設立され,中国方面に配船する11社の航路が譲渡され船舶が現物出資された.同社はさらに昭和16年(1941)3月には国策特殊会社へ改組された.主要航路は日本/中国間11航路,臺湾/中国間5航路および中国沿岸航路という大規模なものであった.
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大連埠頭の亞米利加丸と船客待合所

内地/中国方面

大阪青島線 日本郵船(株) 大正期昭14.8(1939)東亞海運へ出資
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昭和2年(1927)6月に熊野丸を事故で喪失したため春日丸,日光丸等が就航.日光丸は航路とともに東亞海運へ出資された.
1927-06-12 (昭2) 熊野丸沈没のため春日丸就航[港]大阪/神戸/宇品(復航のみ)/門司/青島[船]熊野丸,春日丸,大阪丸(臨),天城丸(臨)
天城丸 Amagi Maru (1924)

1928-07-03 (昭3) 春日丸,大阪発にて撤退[港]大阪/神戸/宇品(復航のみ)/門司/青島[船]春日丸,日光丸,天城丸(臨),大阪丸(臨)
1929 (昭4) [港]大阪/神戸/宇品(復航のみ)/門司/青島[船]日光丸,天城丸(臨),筑後丸(臨)
1930 (昭5) [港]大阪/神戸/宇品(復航のみ)/門司/青島[船]日光丸,筑前丸(臨)
1931 (昭6) [港]大阪/神戸/宇品(復航のみ)/門司/青島[船]日光丸,筑後丸(臨)
大阪天津線 大阪商船(株) 明39.2.25(1906)開設大正期昭14.10(1939)東亞海運へ出資
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大阪商船は昭和2年(1927)3月から本航路用として旅客設備の完備した高速ディーゼル貨客船長城丸型3隻を就航させ,月間6航海とした.本航路は昭和14年(1939)10月に東亞海運が営業を開始したので使用船とともに譲渡した.
1927-02-28 (昭2) 長城丸竣工[船]長城丸
長城丸 Chojo Maru (1927)

1927-03-31 (昭2) 長安丸竣工[船]長城丸,長安丸
1927-06-14 (昭2) 長江丸竣工[船]長城丸,長安丸,長江丸
大阪大連線 大阪商船(株) 明38.1(1905)開設大正期昭17.5(1942)船舶運営会へ移管
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昭和4年(1929)4月以降に本航路用の新造船が続々と就航した.昭和12年(1937)には10隻で月間25航海の定期とした.その後軍使用による減船があったが大連汽船の用船,遠洋航路から撤退したすらばや丸,南海丸,東京丸,西貢丸,ありぞな丸,りおでじやねろ丸などを順次投入して,大阪商船は定期の維持に努めた.
1929-04 (昭4) 新造船うらる丸就航[航]1ヶ月15回[船]はるびん丸,ばいかる丸,亞米利加丸,香港丸,うらる丸,うすりい丸
1932-03 (昭7) うすりい丸就航,使用船6隻となる
うらる丸 Ural Maru (1929)
うすりい丸 Ussri Maru (1932)
1934-03 (昭9) 扶桑丸を増配[船]はるびん丸,ばいかる丸,亞米利加丸,香港丸,うらる丸,うすりい丸,しあとる丸,たこま丸,扶桑丸
1935 (昭10) 新造船,吉林丸,熱河丸就航[船]吉林丸,熱河丸
吉林丸 Kitsurin Maru (1935) S.Kizu
熱河丸 Nekka Maru (1935)
1937 (昭12) 黒龍丸,鴨緑丸が就航,10隻となる[航]1ヶ月25回[船]黒龍丸,鴨緑丸
黒龍丸 Kokuryu Maru (1937)
鴨緑丸 Oryoku Maru (1937)
1940 (昭15) [船]ぶゑのすあいれす丸,あらびあ丸,らぷらた丸,さんとす丸,もんてびでお丸,あるぜんちな丸,報國丸
1941 (昭16) [港]ぶらじる丸[船]ぶらじる丸
1942-05 (昭17) 船舶運営会に移管
1942 (昭17) 初頭は5隻で月間11航海を維持[航]1ヶ月11回[船]鴨緑丸,黒龍丸,熱河丸,吉林丸,うすりい丸
横濱牛荘線 近海郵船(株) 明治後期-大正期昭14.8(1939)東亞海運へ出資
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横濱牛荘線が後に横濱天津線となったと考えられる(確認中).昭和14年(1939)10月に東亞海運へ本航路と就航船を出資.
1927 (昭2) [港]{往航}横濱/名古屋(四日市)/大阪/長崎/大連/天津/牛荘{復航}横濱/大連/長崎/大阪/神戸/牛荘[航]1ヶ月4回[船]淡路丸,相模丸,高砂丸,宮浦丸
宮浦丸 Miyaura Maru (1919)

1939 (昭14) 逓信省命令航路.横濱天津線[港]横濱/名古屋(往航)/大阪(往航)または神戸(往航)/大連/天津(塘沽)[航]1ヶ月2回以上(年30回以上)
神戸天津線 近海郵船(株) 大正期昭14.10(1939)東亞海運へ出資
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近海郵船は昭和14年(1939)10月に東亞海運へ本航路と就航船を出資.
1927 (昭2) 新造貨客船景山丸竣工[船]景山丸,南嶺丸,北嶺丸
景山丸 Keizan Maru (1927)

1939 (昭14) 逓信省命令航路[港]神戸/大阪(復航)/門司/天津(塘沽)[航]1ヶ月8回以上[船]4隻
八幡/大冶線 近海郵船(株) 大12.12.8(1923)開設昭和初期-太平洋戦争
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作成中.
横濱/大連直航航路 川崎汽船(株) 昭7.11.15(1932)開設-太平洋戦争
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昭和7年(1932)から日本/満州間の荷動きが活発になり直航便の要望に応えて開設された.
1932-11-15 (昭7) 横濱出航の浦鹽丸を第1船として開設[航]1ヶ月3回[船]浦鹽丸,呉淞丸
呉淞丸 Woo Sung Maru (1919)

1935-03 (昭10) 往航清水,神戸に寄港開始.就航船は3隻となる[港]横濱/清水(往航)/神戸(往航)/大連[船]浦鹽丸,呉淞丸,常和号(用)
1935-04 (昭10) [船]浦鹽丸,呉淞丸,常和号(以下用),加利号,福慶号
1936 (昭11) [船]浦鹽丸,呉淞丸,常和号(以下用),加利号,福慶号,坤利号
1937 (昭12) 日華事変による北支向け物資輸送が増大し大連の後,天津に寄港
名古屋/大連・天津航路 川崎汽船(株) 昭13.2(1938)開設昭17.4(1942)船舶運営会に移管
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1938-02-25 (昭13) 第1船昌山丸,名古屋出航[港]名古屋/阪神/大連/天津[船]昌山丸(用),福慶号(用)
第七與禰丸 Yone Maru No.7 (1918)
日米船鉄交換船として建造された後,日本に逆輸入され昌山丸と改名された.

阪神天津線 東亞海運(株) 昭14.10(1939)継承-太平洋戦争
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旅客扱い.日本郵船と大阪商船からの継承航路で営業を開始した.逓信省命令航路.
1939-10 (昭14) [船]長城丸,長江丸,南嶺丸,北嶺丸,長安丸,洛東丸,筑前丸
長江丸 Choko Maru (1927)

横濱天津線 東亞海運(株) 昭14.8(1939)継承-太平洋戦争
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同社の北支線4航路のうちのひとつ.
1939-08 (昭14) [港]横濱/名古屋/大阪/神戸/天津[航]1ヶ月3回[船]新潟丸,日満丸
阪神青島線 東亞海運(株) 昭14.8(1939)開設-太平洋戦争
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旅客扱い.各社の日支連絡航路を継承して創立された東亞海運の航路.逓信省命令航路.
1939-08 (昭14) [港]大阪/神戸/門司/青島[航]1ヶ月4回[船]日光丸,原田丸,泰山丸,ばいかる丸
原田丸 Harada Maru (1903)

横濱青島線 東亞海運(株) 昭14.8(1939)継承-太平洋戦争
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同社の北支線4航路のうちのひとつ.
1939-08 (昭14) [港]横濱/神戸/門司/青島[航]1ヶ月1回[船]摩耶丸
摩耶丸 Maya Maru (1925) S.Kizu

長崎上海線(日華連絡線) 東亞海運(株) 大正期昭14.8(1939)継承-太平洋戦争
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旅客扱い.日本郵船より就航船と共に航路を継承した.逓信省命令航路.
1939-08 (昭14) [港]長崎/上海[船]上海丸長崎丸
長崎丸 Nagasaki Maru (1922)
上海丸 Shanghai Maru (1923)
神戸上海連絡線 東亞海運(株) 昭14.10(1939)開設-太平洋戦争
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旅客扱い.中支線のうち日華連絡線と共に船客を主として扱った航路.
1939-10-20 (昭14) 大洋丸用船開始[港]神戸/上海[船]大洋丸(用)
大洋丸 Taiyo Maru (1911) Y.Masuyama

横濱上海線 東亞海運(株) 昭14.8(1939)継承-太平洋戦争
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逓信省命令航路.
1939-08 (昭14) [港]横濱/名古屋/大阪/神戸/門司/上海[航]1ヶ月5回[船]妙見丸,妙義丸,妙法丸,妙高丸
妙義丸 Myogi Maru (1939)

阪神上海線 東亞海運(株) 昭14.8(1939)継承-太平洋戦争
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三井物産船舶部から出資された春日山丸は太平洋戦争後間もなく売却され昭和40年(1965)に解体されている.
1939-08 (昭14) [船]阿蘇丸,春日山丸
阿蘇丸 Aso Maru (1923)

中国沿岸方面

天津南支線 東亞海運(株) 昭14.8(1939)開設-太平洋戦争
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開業時の航路.海州,汕頭,基隆にも臨時寄港することがあった.
1939-08 (昭14) [港]天津/芝罘/青島/上海/基隆/南支[航]1ヶ月5-6回[船]唐山丸,廬山丸,華山丸,嵩山丸,日東丸
嵩山丸 Sung Shan Maru (1921)
日東丸 Nitto Maru (1920)
大連南支線 東亞海運(株) 昭14.8(1939)開設-太平洋戦争
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昭和15年(1940)3月現在の経営航路では支那沿岸線と思われる.
1939-08 (昭14) [港]大連/威海衛/青島/上海/基隆/南支[航]1ヶ月5-6回[船]臺中丸,臺南丸
臺中丸 Taichu Maru (1897) S.Kizu

大連上海線 大連汽船(株) 明41.8.10(1908)開設大正期昭和初期
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南滿洲鐵道(株)からの継承航路.大正末期に北支方面の輸送量増大に対応するため新造船大連丸を建造した.
1927 (昭2) [港]大連/青島/上海[航]月10回[船]大連丸,さかき丸,西京丸(用)
大連丸 Dairen Maru (1925)

大連天津線 大連汽船(株) 大正期昭和初期-太平洋戦争
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1927 (昭2) [港]大連/天津[航]1ヶ月10回[船]長平丸,天潮丸
大連青島線 大連汽船(株) 大正期昭和初期-太平洋戦争
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1927 (昭2) [港]大連/芝罘/青島[航]1ヶ月5回[船]濟通丸
大連龍口線 大連汽船(株) 大正期昭和初期-太平洋戦争
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1927 (昭2) [港]大連/登州府/龍口[航]1ヶ月5回[船]龍平丸
大連營口阪神線 大連汽船(株) 大正期昭和初期
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準定期航路.營口結氷中は大阪終点とした.
1927 (昭2) [港]大連/神戸/大阪/營口[航]2ヶ月3回[船]長順丸
長順丸 Chojun Maru (1918)

大連廣東線 大連汽船(株) 大正期昭和初期-太平洋戦争
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大連香港線から改称時期未確認.
1927 (昭2) [港]大連/芝罘/龍口/青島/香港[航]1ヶ月3回[船]英順丸,興順丸,第一東洋丸
英順丸 Yeijun Maru (1916)

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